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伝えるときは、
表現力、行動力がとても重要です。
たとえば、自分が何かの苦痛を
身をもって経験するときは、
頭に火がつくほど、
心臓がつぶれるほど、
立ち上がれなくなるほどの
地獄の苦痛を受けたのに、
言葉で表現するときは
「めちゃつらいわ。でも大丈夫」
と言うならば、
ちゃんと伝達されなくて、
聞く人は本人が身をもって
経験していないから、
そのぶん大したことなく
聞きます。
だから、その言葉を聞いた人は
行動もその程度しかしないし、
感動もその程度しか受けません。
手ぬるく行動するようになります。
だから、できるはずのことも
できません。
春の日差しのように
穏やかな経験の一つに
なってしまって、自分の中で
収まってしまいます。
僕はそんな文章を
読んだことがあります。
社長の執筆した本です。
僕の勤める会社の社長は、
本を書いたことがあります。
ずいぶんお金を使って、
表紙をすごく立派なものに
していました。
金粉が散りばめられていてw
市販のどの本より
豪華だったと思います。
タイトルは「わが半生」
だったかな。
忘れましたけど、
そんな伝記調のタイトルでした。
社長をやるくらいだから、
それはもう大変な苦労を
したと思うんです。
本の中身も、
これから大きくなろうとする
若者に向けて、自分がぶつかった
壁をどう乗り越えたかの説明を
踏まえつつ、
応援するような内容、
なら良かったんですが。
内容は、こんなでした。
「わが社の23階から見える景色はすばらしい」
「マレーシアに行ったとき、
現地のもてなしに感動したものだ」
そんな内容がずーっと続くんです。
読んでて歯がゆくなってきました。
そんな話が聞きたいんじゃねっての。
社長、すごい苦労したと
思うんですけど、
ぜんぜんその話をしないまま
本は最後のページまで続き、
閉じられました。
社長の言葉で社員がやる気に
なれれば社長としても
成功なんでしょうけど、
この本はそうは作られてなくて。
「ちゃんと伝えてこそ、
自分の夢も叶うし、
相手の願いもなされる。」
逆に、表現力が豊かな人にも
何人も会ったことがあります。
演劇をする人。
芸大の人。
シルクドゥソレイユのピエロ。
あの人たちはほんと表現力が
豊かですね。
なんでもないようなことも、
彼らの表現力ですごいことのように
伝わってきます。
ピエロ、何も
しゃべんないんですよ。
行かれたことがある方は
分かると思うんですけど、
もにゃもにゃと何語でもない
言語しかしゃべりません。
しかし感情の表現が豊かで、
何をいおうとしているのか
分かるんですよね。
演劇もそうです。
演劇の内容自体も
感動しますけど、その内容に、
音楽をつけて、歌って踊って、
表現するからまたいいんですよね。
一番前で演劇を
見たことありますか?
演者の熱が伝わってきて
感動します。
S席で高いですけど、
一度は経験してみることを
オススメします。
ピエロも、演劇も、表現力で
売っているところが大きいです。
表現力はお金にもなるんですね。
本当に大事です。

昨日、「身をもって経験したことを、味わったときのように強く話すこと」
について話をしました。
今日はその続きです。
どう話すかで、
聞く人に与える印象が
まっったく異なります。
何かを頼むにしても、
どう頼むかで相手が
行動してくれるか、
くれないかが変わります。
冷ややかに説明しても、
それは相手の行動に
ならないんですね。
僕は仕事で電話を使うことが
多いのですが、
電話口で何か頼みごとをするとき、
すべては表現力しだいです。
声の大きさとか、
歯切れの良さとか
簡潔さとかを含めた、
表現力。
ぼそぼそっと頼んでしまうと、
ほとんど相手は
NOを出してきます。
やるのがめんどくさいからですね。
それは当然そうです。
そこをどう気持ちよく
やってもらうかは、
表現で決まりますね。
僕も人からだるーい電話が
かかってくると、気持ちが萎えて
「それは無理です」って自動的に
反応しちゃうことがあります。
元気な電話がかかってくると
こっちも元気になっちゃいますから
はいはいって言っちゃうんですよね
関西の人なんかノリがいいです。
「どうもー。○○ですけれどもー。あのね、ちょっとお願いがあるんですが。」
って調子で話されるから
こっちも乗せられますね(笑)
逆に、
「・・・あ、○○です。(ふーっと深呼吸する音が聞こえる)・・・ご相談があるんですが、無理ならいいんですけど。」
って感じだと
「それは無理です」
って返してすぐ電話を
切りたくなります。
言いたいことをちゃんと
表現できないと、
力が出て行きません。
熱が伝わりません。
気持ちが伝わりません。
だから話を聞くほうも、
その話をした人の話の通りに
聞いて、行うようになります。
それがあとあとの結果に
「助けになる」か、
「差し支えになる」かが
左右されます。
本当に大事(おおごと)でしょう。
伝える人は、話すべきことを
しっかり頭に入れて、
気持ちをこめて、はっきり
伝えないといけないんですね。
そうしてこそ相手にも
はっきり伝わって、
行動を起こしてくれます。
これから春になってきます。
季節の変わり目ですね。
嬉しい時期ですが、
体調を崩しやすい時期でも
あるんですよね。
僕も小学生のころは
毎年この時期に体調を
くずしていました。
授業中、だんだん気分が
悪くなってくるんです。
でも、言いませんでした。
恥ずかしかったからです。
周りは気づきません。
どんどん気分が悪くなって、
冷や汗がどっと出てきて、
視界がぼんやりしてきます。
ぼんやりした視界の中に、
クラスメイトがふざけている
姿が映りました。
まだ覚えています。
島田君っていう背の小さい子が
爆笑している姿です(笑)
その笑い声がまた頭に響いて(笑)
もう限界、って机に
うつ伏せになっていると、
先生が気づいて
保健室に連れていてくれました。
これじゃあだめだめですね。
気分が悪くなったら、
「せんせー!保健室いってきます!」
って言わないと。
ってそれじゃだめかな(笑)
とにかく言わないと、
人は分かりませんね。
異常に気づきません。
早く言っておけば、
視界がぼんやりするとか、
島田君の笑い声に
頭ががんがんするとか(笑)
そんなことにならなかったはずです。
島田君もいい迷惑だったでしょうね。
もしね、具合が悪いとか、
または病気があるのに、
すごく痛かったのが痛くなくなると、
たいした事ないと思って、
そのままにして過ごしたりしますが、
そうすると悪化しますよね。
だから何か異常があったときに、
命が危険な病気のサインだったり
しますから。すぐに告げましょうね。

今日は、
「伝える力」
についてお話します。
池上彰さんの有名な著書が
ありますけど、
それとは違くて(笑)
別のアプローチで話を
進めていきます。
一番お伝えしたいのが、
経験するときは衝撃的に!
劇的に!経験することを、
伝えるときにも味わったとおりに、
胸がすっきりするように表現して
話してみましょう。
ということです。
なんでこういうことを
言うかというと、
僕もそうなのですが、
経験するときには頭に火がついて、
肝がつぶれるほど味わうのに、
それを言葉で表現するときは、
まるで詩のように、やわらかく、
滑らかにばかり表現して
しまうことが多いからです。
弱く話すと、聞いた人はみんな
その話の通りにだけ感じるので、
伝えたいことが伝わりません。
身をもって経験したとおりに
表現しないと、聞く人にちゃんと
伝わらなくて、
自分の願いも胸がすっきりするように
ちゃんと叶いません。
私たちは、衝撃的に味わっておいて、
言葉で表現するときは
弱く話しますね。
これは日本人の謙虚さと
つながっているかもしれません。
言葉で表現するとき、
「頭が痛くなるほどだった。」
「体が引き裂かれるほどの
苦しみだった。」
と表現するだけでは、
味わったその通りに
表現することができないこと
たくさんあるんじゃないですか?
こう表現するだけだと、
聞く人たちもただ
「苦しかったんだな」
と、やわらかく聞くしかありません。
熱が伝わりません。
頭に火がつくほど味わったから、
胸がすっきりするほど
表現できないといけないんです。
ときどき、海外ドラマが
紹介されますけど、
やたら大げさで
びっくりしますよね。
あれはやりすぎやろ
って思いますけど、
僕ら日本人は逆にもうちょっと
表現したほうがいいんですよね。
彼らからも学んで(笑)
人は身をもって経験するときは、
苦痛と努力ともがきで、
それを経験します。
それは、続けて味わいたくても
できることではありません。
味わうときしか味わえません。
自分が身をもって経験するときに、
一番細かく見ることができます。
それなのに、頭から火が出るほど
味わっていながら、
いざ表現するときは
普通のこととして表現するから、
相手もその言葉を聞いたのでは
正しく分からなくて、
とてつもないことも普通のことと
思って聞くようになります。
自分が身をもって経験したこと
は自分の財産です。
それによって賞をもらい、
栄えたりもしますが、
自分がちゃんと表現できず、
行えないから、
自分の賞をもらえなくなります。
伝えるときは、経緯を
くまなく話して、
頭に火がつくほど
味わったから、
頭に火がつくほど
表現しなければなりません。
言葉が弱ければ
衝撃を受けられません。
同じ言葉でも、
弱く表現するか、
強く表現するかで
伝わるものがまったく
違いますよね。
僕の例でお話しすると、
以前、友人数人と旅行の
計画を立てていたんです。
何しようか?ってみんなで
考えているとき、
僕の頭の中に名案が浮かんで、
それを提案してみました。
しかし、
ちょっと弱く言っちゃったんですよ
「・・・あ、これなんか
いいんじゃない?」
って。
そしたらみんな
「うーん、まあそれも
いいけどねえ」
ってなって、うやむやになって、
話は先に進みました。
しばらくして、
別の人が、その人はいつも
明るいムードメーカーなのですが、
僕とまったく同じ提案を
したんです。
しかし、表現力が違いました。
「ねえ!これしようよ!」
ってなんかジェスチャー付で
提案したんです。
したらみんな、
「それいいね!」
っていいました(笑)
全部もってかれちゃったんですよね
おいしいとこ。
その差なんです。
表現の仕方の違いで
結果が何もかも変わります。
あなたも、
身をもって経験したことを、
ちゃんと表現し、話せるように
工夫してみてくださいね。
長くなりましたので、
続きはまた次回お伝えしますね。

今日は、自分の価値を高める
方法について、お伝えします。
結論は、人も使い方によって
価値が左右され、使うにしても
誰が使うのかによって、
価値が変わるということです。
ここに紙が一枚、絵の具一つ、
筆が一本あるとします。
合わせて1000円くらいですか。
100円ショップなら
300円で用意出来ますね。
しかし、有名な画家が
これを使って絵を描けば、
一億にも二億にもなったり
しますよね。
しかし、一般人がこれを使って
描いたら2000円とか、
良くて10000円払って
くれるでしょうか。
むしろ原材料のまま
くれた方がいいのに、
って言われるかもしれませんね。
僕の母方の祖父は絵を描く人なのですが、
誰も買いません(笑)
父親が不憫に思って
実家に飾っていて、
「いつか高騰しないかなあ」
ってぼやいていますが。
こんな風に、あるものを
使う人の能力に応じて
貴重な価値として、
あるいは普通の価値として
使うようになります。
自分もそうです。
そのものの価値より、
使う人の価値が
それほど大きいんです。
誰に使われているか、
誰からの影響が一番大きいのか、
一度考えてみるのも
いいかもしれませんね。
使い方次第で、
使われるものの価値は
大きく変わります。
大きい石がひと塊あって、
それをただ積み上げておく人も
いるし、
ある人はその石をもって
彫刻をして、世界を回って
展示会を開いて、
お金を稼ぐ人もいます。
松を切ってきて燃料として
一日使って終わる人もいれば、
松を切ってきて材木として使い、
物を作って100年使う人もいます。
松を切ってきて庭園に植えて
、一生使って子孫にまで残して
1000年使う人も、ごく僅かながら、
いますね。
自分の人生もそうです。
自分を一番使うのは、
自分ですから、自分をどう使うかは
とてもとても重要な事です。
いい加減に生きたら
一日楽しんで終わりです。
自己投資をして手に職をつけて、
一生を楽しんで生きる人もいます。
さらには自分の人生のみならず、
後世のことまで考えて
生きる人もいます。
僕の父方の祖父は多少、
こういうところがありました。
子供、孫、後代のことを考えて
生きた人でした。
なんかうちのおじいちゃん比較に
なってきましたね。
使い方を知っている人が、
賤しいものも貴重に
使うことができるし、
使い方を知らない人は、
貴重なものも賤しく使います。
使い方を知っている人の例として、
ゴミ収集業者をあげたいと
思います。
うちの近所を走る
ゴミ収集車には、
「捨てればゴミ、活かせば資源」
て書いてあります。
彼らはすごいですよね、
ゴミでお金を儲けているんです。
使い方次第で何でも
稼げるんだなあって思いますね。
彼らはゴミの使い方を
知っている人たちです。
また、使い方を知らない人の
例として、母をあげたいと
思います。
子供がどんなに高価な
レアカードをゲットしても、母は
「あんた早くそれ捨てなさいよ」
しか言いませんよね。
ノーマルカードをみても、
レアカードを見ても、捨てなさい、
そればかりです。
ほんとに使い方を知らない人です笑
どのように使うか、
本当に大事です。
みんな見た目を気にしますけど、
どんな姿形をしているかより、
どう使うかの方が大事なんですね。
あなた自身を、大切に使ってくださいね。

夢を実現させるために必要なこと、

それはもちろん「実践」ですよね。

頭の中でいくら考えていても、
実践して形に残さないことには、

それは無用の長物です。

確かに、考えるだけでも、
心は嬉しいですけど、

それは自分一人しか

嬉しくありません。

周りはあなたの考えていることが

わかりませんから。

それを実践して形にしたら、

どうですか。

あなたの周りにいる人全員で

その喜びをシェアする
ことができます。

実際、今、

あなたは誰かの夢を

シェアして生きています。

たとえば、現代文明。

これは先人たちの夢でした。

彼らは昔、
こう思っていたんですよ。

「寒くて何もする気にならない!
スイッチ一つで部屋が暖まる
ようになったらなあ・・・」

「お風呂に入るために
毎日毎日薪割りばかり!

あっというまにお湯が出る

魔法が欲しい。」

「遠くにいるあの人に会いたい。
すぐに連絡が取れる手段は
ないだろうか。」

そういう夢が、今のエアコン、
給湯器、電話になって
形になっているんです。

あなたも、僕も、その夢だった
ものを享受していますよね。

いってみればこの世の中って、
誰かが夢見たものが現実化
した世界なんですよね。

これが夢で
とどまっていたら、

現実には役に立ちません。

思いだけでは、
心は満足しますが、

お腹がすきます。

思い出はいつも綺麗だけど、
それだけじゃお腹がすくわ。

そんな歌もありましたよね。

これ知っている人、
世代が僕と一緒です(笑)

だから、もしあなたに

ステキな夢があるなら、

それを心の中に
しまっておかないで、
実践してみることを
オススメします。

judy and mary 「そばかす」

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